制限付き一世帯30万から一律一人10万へ 迷走する安倍政権【新型コロナ】

制限付き一世帯30万から一律一人10万へ 迷走する安倍政権【新型コロナ】

 政府は、4月7日に、所得減少世帯への30万円の現金支給を目玉とした緊急経済対策の財源となる補正予算案を閣議決定し、20日にも国会に提出する予定だった。しかし、16日に政府はその方針を撤回し、国民全員に一人10万円を支給する方針へと転換した。僅か10日も経たない間の出来事だった。

 この異例の方針転換の裏には、どのような思惑があるのだろうか。また、国民生活にどのような影響をもたらすのだろうか。

現金給付は世論が求めた

 そもそも、政府はCOVID-19(新型コロナウイルス)への経済対策として現金給付を行うことに、当初否定的だった。3月には、COVID-19による経済への打撃を抑えるため、現金給付を行うとの案が与野党内で浮上したが、3月19日に、麻生財務相が「自分が首相の時も現金給付をしたが、あまり効果はなかった」と述べるなど、政府は行わない方針を示していた。

 事態が変わったのは、4月1日、安倍首相が1世帯につき2枚のマスクを配布すると表明したときだろう。マスクを配布すること自体は、海外でも行っている国もあり、発想としては悪くなかった。しかし、世論に現金給付を求める声がある中での「マスク給付」は国民の失望を買い、「アベノマスク」なる言葉が登場するなど、政府の対策を非難する声が高まった。

 こうした状況の中、政府は批判を抑えるためにも、現金給付をせざるを得なくなった。安倍首相は、COVID-19の影響で収入が減少した世帯に、1世帯30万円を給付する方針を示し、現金給付を軸とした補正予算案を7日に閣議決定した。20日には国会に提出して短期間で成立させ、5月以降に給付を開始するスケジュールだった。

 所得制限を設けた30万円給付は、「基準がわかりにくい」「スピード感に欠ける」といった批判が与野党から出たものの、状況を考えれば、ある程度の妥協が必要であり、決して愚策ではなかった。世論も、依然として一律給付を求める声はあったが、大きな動きはいったん落ち着いたかに見えた。

 しかし、安倍首相は、自らの手で自身への批判を生み出すこととなった。問題となったのは、12日に安倍首相がTwitterで公開した、俳優で歌手の星野源さんとの「コラボ動画」だ。

 星野さんが外出自粛を呼びかける目的でInstagram上で公開した「うちで踊ろう」という動画に合わせ、安倍首相が家の中でくつろぐ様子が公開された。その意図はごく自然なものであり、海外のセレブを彷彿とさせる内容ではあったが、どうやら国民の癪に障ったようだ。動画には大量の批判コメントが寄せられ、菅官房長官が「いろんな見方があると思うが、そういう意味で過去最高の35万を超える『いいね!』をいただくなど、大きな反響をいただいた」と「反論」するも、再び政府の対策への批判が爆発し、国民への一律給付を求める声が一層強くなった。

 ついに、政府は16日に、公明党の要求を呑むという形で、国民全員へ1人10万円の給付を行うと発表し、安倍首相は記者会見で、混乱を起こしたことを陳謝した。

霞む給付の「目的」

 以前、当サイトの記事「一時給付金?減税?日本に本当に必要な経済対策とは【新型コロナ】」でも取り上げたが、現金給付はその目的と方法に慎重にならなければならない。支給する目的は、消費喚起ではなく、経済が回復するまでの間家計を支える、生活保障的観点によるものだ。また支給する際は、スピードを重視する一律給付と、必要な人に届ける制限付き給付とがあり、この2つを組み合わせ2段階で行うのが最善策ではないかと提案した。同様の案は共産党をはじめ野党からも出ていた。

 しかし、政府は当初、一律給付をせずに最初から制限付き給付を行うと発表した。確かに、給付までに時間がかかってしまうが、必要な人に必要な支援をするという目的ははっきりしていた。

 それが、一律給付への路線変更で揺らいだ。減収した人にとって、10万円が家計の足しになることは、変わらない。ただ、今回の「コロナショック」で打撃を受けていない人も少なくない。そうした人のもとにも、10万円は届くのだ。多くの人にとって、突然降ってきた10万円は、使い道に悩む代物だろう。

 経済界にも、混迷は広がっているのかもしれない。16日、経済同友会の桜田謙悟代表幹事は、「消費力を維持するのにつながる」ため、給付金は「電子マネーでの給付が望ましい」との「迷言」を発した。これは、今回の給付を、リーマンショック時と同じ消費喚起を目的としたものと捉えたことに由来すると思われる。こうした発言からも、一律給付の目的がはっきりしなくなりつつあることが伺える。

12兆円超の財源

 一律10万円給付で、今後課題となるのは、その財源であろう。1人10万円で、単純計算で12兆円を超える予算が必要になる。制限付き30万円の際の予算は4兆円ほどをみこんでいたので、3倍、8兆円増となることになる。

 これらの財源は、赤字国債で賄うとされている。世界的にみても最大規模の借金を背負う日本にとって、今回の支出増は決して軽いものではなく、財政健全化がさらに遠のくことになる。

 収束後に、富裕層や損害を被っていない人に増税をして、バランスを取ろうという声も上がっているが、選挙を控えていることや、増税自体への世論の抵抗感を勘案すると、実施は簡単ではないだろう。

 また、不況になると政府が大量に金を配るという前例を作ってしまったため、今後、不況の度に政府の大規模な支援を求める声が出るほか、ベーシックインカムをはじめ、社会保障制度そのものを手厚くするよう求める声が高まることも予想される。

日本の対策は迷走

 この騒動で、国民の政府に対する信頼感がさらに下がったことは、間違いないだろう。世界的にみても、政府に対する信頼が高い国ほど、感染症対策はスムーズに、あるいは一体感をもって行われている傾向がある。まして、「要請」をすることしかできない日本は、なおさら政府、行政と国民との信頼関係が重要な役割を果たすはずだ。そうしたことを考えると、今回の現金給付をめぐる一連の流れは、失敗であったと言わざるを得ない。

 さらに、この変更によって、緊急経済対策のための補正予算案の成立が遅れることになった。緊急経済対策では、現金給付の他にも各省庁が様々な計画を立てていたわけであり、この遅れが広範な影響を及ぼすことは避けられない。

 思い返せば、第二次安倍政権は、東日本大震災の対策で混迷を極めた旧民主党政権を批判し、「緊急事態に強い内閣」を謳って誕生した。しかし、いざ緊急事態を前にすると、この有様である。迷走する政府の対応は、これからも大きな批判を呼び起こし続けるだろう。そして、再び、収束後の政治構図すら変えうるものとなりうるだろう。

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