クルド人を「敵認定」する前に確認したいクルド民族問題と在日クルド人

クルド人を「敵認定」する前に確認したいクルド民族問題と在日クルド人

 警察官がクルド人男性にけがを負わせた事件を巡り,警察官の対応に抗議するデモが30日,東京都内で行われた。これを機にTwitterに「クルド人」がトレンド入りするなどクルド民族に対する注目が集まったが,残念ながらクルド民族について一切理解しないまま「中国,韓国に次いでクルドを敵認定する」などといったツイートが,「自称保守」層を中心に見られた。

 あまりにも勘違いが目についたので,クルド民族を語る際に最低限知っておかなければならない「一般常識」をここにまとめる。勢いでヘイトに走った者が一人でも読み,立ち止まって考えることを願う。

事件の概要

 今回の騒動の発端になった事件を簡単に紹介する。告訴状などによると,5月22日午後3時半ごろ,トルコ出身のクルド人男性(33)が渋谷区内を乗用車で運転中に,サイレンを鳴らしたパトカーに停止を命じられた。警察官が車の内部を調べたいと求めたが,男性は歯科に向かう途中だったため拒否すると,警察官2人に両腕や首を押さえつけられ,地面に引き倒されるなどし,首や脚,脇腹などに全治1か月の怪我を負った。

 一連の出来事を同乗していた男性の友人が撮影しインターネット上に投稿したところ,大きな反響を呼び,拡散された。これを受け,別の日本人の市民によってデモが呼びかけられ,30日に200人ほどが警視庁渋谷署前などで抗議の声を上げた。

 また,男性は27日,特別公務員暴行陵虐致傷罪で氏名不詳の警察官2名を東京地検に刑事告訴した。

クルド民族とは

 クルド民族は,トルコ東部,イラク北部,イラン北西部,シリア北東等複数の国にまたがるクルディスタンと呼ばれる地域を中心に,約4000万人が居住しているイラン系の山岳民族である。独自の文化を持ちながらも独自の国家が存在せず,国を持たない世界最大の民族集団と呼ばれている。

クルディスタンの位置
The University of Texas at Austin
Perry-Castañeda Library Map Collection
https://legacy.lib.utexas.edu/maps/middle_east.html
https://legacy.lib.utexas.edu/maps/middle_east_and_asia/kurdish_lands_92.jpg
(2020年6月3日閲覧)

 宗教はイスラム教スンニ派が主流であるが,そのほかの宗派やキリスト教,ユダヤ教,ゾロアスター教などに属する者もいる。ただし,世俗主義であるため,宗教色はあまり強くない。また独自の伝統や文化,国旗等を有している。

 主に遊牧民として牧畜を生業としながら生活する者が多いが,近年では都市に居住する者も出ている。

 また,女性の社会進出が世界的に見ても進んでいることでも知られている。

クルド民族問題

 先に述べたように,クルド人は独自の国家を持たない。しかし,これは彼らが望んでそうなったわけでは当然ない。

 クルディスタンは中世から近世にかけての長い期間,オスマン帝国の支配下にあった。しかし,第一次世界大戦にてオスマン帝国が崩壊し,サイクス・ピコ協定によ基づきイギリスやフランス,ロシアの手で描かれた中東の地図の中に「クルディスタン」の国名はなく,クルド人居住地は複数の国にまたがることとなった。これがそもそもの元凶である。(そして,ここにも「中東の問題大体イギリスのせいの法則」が当てはまるわけである。)

 さらに,各国程度に差はあれどクルド人に対する文化的弾圧を行ったことが,クルド人自身の民族意識を高め,独立運動を引き起こすこととなった。弾圧の例としては,トルコ政府が最近までクルド語の放送や教育を認めなかったことやクルド人の旗を掲げることを禁じていることなどが挙げられる。また,詳細は割愛するがクルド系政党の活動を禁止したり,議員を国会から追放した例もある。

 そして,クルド人による独立運動は,武力闘争に発展する。有名な武装組織としては,「クルディスタン労働者党(クルド労働者党,PKK)」が挙げられる。(「左翼だ!中国だ!」などと訳の分からないことを叫ぶ人がいるので補足すると,確かに「労働者党」という名前からもわかる通り左派的なイデオロギーを掲げてはいるが,それ以前に「独立派武装組織」であり,この側面を無視して「独立達成後の国家方針」を批判するのは賢明とは言えない。)

 PKKはトルコ政府にテロ組織と認定され,トルコと友好関係にある日本の他,EUやアメリカ等もこれに倣っている。しかし,ISIL(イスラム国)との戦いで最前線に立ったのはPKKならびにそこから派生したと見られる各軍事組織であり,アメリカもこうしたクルド人組織を支援していたことから,PKKのテロリストとの位置づけには疑問符がついているのが現状だ。

 またクルド人国家樹立への動きには,クルディスタンに存在する油田や,アメリカ,ロシアをはじめとした大国の思惑,複雑な中東情勢,トルコとEUの関係など多種多様な問題が複雑に絡み合っており,現状では進んでいるとは言い難い。

 さらに,トルコをはじめとした各国からの文化的弾圧を逃れるために,多くのクルド人がヨーロッパを中心に世界各地に難民として亡命をしている。

在日クルド人

 こうしたクルド人難民は,日本にも存在する。在日クルド人団体の日本クルド文化協会によると,日本で生活する在日クルド人の数はおよそ2000人,そのうち6割強となる1200~1300人が,川口市,蕨市に住んでいる。このうちの多くが,日本との間でビザが緩いトルコ国籍を持つものとされているが,その他イラン,イラク,シリア国籍を持つ者もいる。

 しかし,トルコ寄りの立場をとる日本政府はクルド人を難民と認めていないため,日本に帰化したり日本人と婚姻した者を除けば,多くが在留特別許可による滞在,あるいは不法滞在となっている。そのため,彼らの生活は非常に不安定なものになっている。

 例えば,在留特別許可は定期的に更新が必要なものであるが,その裁量は法務大臣に任されているため,次も更新されるという保証はない。そのためいつ不法滞在になるかわからない恐怖を常に抱えながら暮らしていくことになる。

 不法滞在になった場合でも,必ずしも強制送還されるわけではないため,日本での生活を続ける場合が大半である。しかし,日本での長期の生活実態がありながら,突然家族の一部のみが逮捕され,送還される事態も起きている。

 在日クルド人の歴史は長いため,現在では日本生まれ日本育ちの2世,3世の世代も誕生している。彼らは他の日本人と同様に教育を受けられることが多いが,就労許可がないため大学を卒業しても働けないという事態に陥ることも少なくない。

 また,「見せしめ」のために入管がクルド人不法滞在者を一時的に収用することがある。この際に入管職員が収容者に対し暴行を行ったり,体調を崩した際に適切な医療措置を取らなかったりするなどの人権侵害が指摘されており,クルド人社会の当局に対する不信感を強めている。

 そのような状況下でも,クルド人たちはトルコ国内で禁じられた民族としてのアイデンティティを発揮するため,日本に残り続ける。またクルド民族の伝統的な祭を開催し,地域住民らと交流するなどしており,蕨市民や川口市民とは,概ね良好な関係を気付いていると言われている。

正しい知識で建設的な批判を

 もちろん,ナショナリストが「移民」を否定するのは当然のことである。しかしながら,今回の「クルド人騒動」は,従来見られる在日中国・韓国・朝鮮人に対するヘイト以上に,知識の著しい欠乏の中で罵詈雑言を発する人が多くみられた。

 「国に帰れ」という言葉をよく目にするが,果たしてこの「国」はどこを指すのか,クルド民族が「国」を持たないことを知った上での発言なのか,甚だ疑問である。

 今回のことに限った話ではないが,何かを批判するときは,対象について十分な知識を身に着けたうえで,合理的に行わなければならない。この記事が,誰かの知識の糧になれば幸いである。

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