検察庁法改正案の良いとこ悪いとこ

検察庁法改正案の良いとこ悪いとこ

 Twitterをやっている人はもちろん、そうでない人も、新聞やテレビなどで間違いなく目にしたであろう、「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグ(検索の目印)。外出自粛のさなかの「ツイッターデモ」に、ネット上は芸能人も含め大いに盛り上がり、そのツイート数は500万を上回ると言われている。

 一方で、こうした抗議に反発する声も上がった。政権を支持する人を中心に、「#検察庁法改正案に興味ありません」というハッシュタグや、検察庁法改正は問題ない、むしろするべきだという言説も広がった。

 結論から述べると、今回の検察庁法改正は、必要なものだ。しかし、一つ大きな問題がある。法案に「異物」が紛れ込んでいるのだ。

なぜ検察庁法を改正するのか

 今回の改正の主な目的は、検察官の定年を、他の国家公務員と同様に65歳まで引き上げることだ。

 現行法下では、検察官の定年は基本的に63歳、検察のトップである検事総長のみが65歳となっている。これを改正案では、検察官全員65歳に引き上げ、次長検事、検事長、検事正については役職定年を63歳で設けることになる。

 国家公務員法改正により、段階的に定年が65歳に引き上げられることとなる公務員についても、従来の定年であった60歳に達すると管理職を外され、給料を3割カットされる。検察官法改正は、これに足並みをそろえるものである。国が60歳以上の人材活用を主導している現状を考えると、行政機関である検察庁に属する検察官の定年を65歳にすることに異論を唱える人は少ないだろう。

改正案が抱える重大な問題

 しかし、火のない所に煙は立たぬと言うように、この改正案には炎上を招く問題がある。それは、内閣や法相が、検事総長、次長検事、検事長、検事正らの定年を最大3年延長することが出来ることである。

 現行の法制化では、検察官の定年延長についての規定はなく、国家公務員法が定める定年延長規定は検察官には適用されないことが、1981年の政府答弁で確認されていた。これは、司法の独立を守るために必要なことであると言われている。

 日本は、立法、行政、司法の三権分立を国家制度の軸としていて、政府が司法に干渉することは、タブーとなっている。正確には検察庁は司法機関ではないが、「ゴーン騒動」でも話題になったように日本の裁判における有罪率は極めて高く、事実上無罪有罪の判断は検察官が行っているといっても過言ではない。

 さらに検察庁は、重大事件について捜査を行う特捜部という組織を持っている。彼らは政治の汚職を追及することも少なくなく、政治家とは距離を置くことが求められる。 しかし、検察庁幹部の定年を延長する権限を政府が有すると、政治家と検察庁との力関係が崩れてしまうのではないか、との懸念が浮上している。これは、突拍子もない考えに聞こえてもおかしくないはずだった。しかし、ある別の出来事がその懸念を強めることになってしまった。

黒川検事長定年延長問題

 それが、1月31日の閣議で決定された、黒川弘務・東京高検検事長の定年延長だ。現在の検事総長を除く検察官の定年は、63歳。そして、黒川検事長は、63歳の誕生日を8日後の2月8日に控えていた。

 先に述べたように、検察官に定年延長に関する規定は存在せず、過去の政府答弁でも確認されていた。そのため、この定年延長は「脱法的」決定であるとの懸念が広まった。政府はこの決定の根拠を、「保釈中に逃亡した日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告の事件捜査継続を考慮」した「業務遂行上の必要性」と説明したが、黒川検事長は官邸との距離感が近いとされることや、検事長交代によって捜査継続に重大な問題が生じた例が過去にないことから、政府の説明に世論が納得することはなかった。

しかし、その後COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の拡大に世論の関心が移り、この問題はその後大きく追及されることはなくなってしまった。

 この懸念が、検察庁法改正案が国会に提出されたことによって再燃した。改正によって政府が検察人事に恣意的に介入し、圧力を強めることが出来るようになるのではないか、という不安を生んでしまったのである。

政府は説明と修正が必要

 内閣の判断で検察幹部の定年を延長できるとの内容は、昨年法務省が作成した案には存在せず、官邸側が追加したものとされている。こうした経緯も、政府に対する疑惑を強めてしまっているのだろう。

 実際には、この改正法の施行は2022年の4月1日であり、(抜け道があるとの指摘はあるものの)「黒川検事長の定年を延長するために法改正をしようとしている」という文脈が成立しているとは言えない。さらに、行政機関である検察庁の幹部は内閣が任命しており、検察官の人事は、従来より内閣が握っている。正直のところ、黒川検事長の問題が無ければ、この法案に注目が集まることはなかっただろう。

 しかし、世論が政府の説明に納得していない以上、安倍首相や森法相は、きちんと説明をするとともに、法案に修正を加える必要がある。そもそも、検察幹部の任期や定年を延長する必要はあるのか、しっかりと議論していかなければならないし、もしあるとするならば、具体的な条件を定めておくことによって、恣意的な運用を防ぐ必要がある。

 政府・与党に対する世論の風当たりが強い今、野党や国民が納得できるような説明、修正を行うことが出来ないならば、野党が提案しているように、検察幹部の定年延長に関する部分を改正法案から分離して継続審議とし、検察官全体の定年に関する法案のみを今国会で成立させるしかない。

 今まで、無理のある法案、閣議決定を多数成立させてきた安倍政権が、この状況下でどのような判断を下すのか、注視しておく必要があるだろう。

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